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大阪高等裁判所 平成8年(う)1015号 判決 1998年3月18日

本籍

大阪市旭区中宮四丁目九番

住居

同市旭区中宮四丁目九番二三号

調査業

岡澤宏

昭和一三年一月三日生

右の者に対する所得税法違反、法人税法違反、相続税法違反被告事件について、平成八年八月八日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 三井環 出席

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

一  本件控訴の趣意は辞任前の弁護人山崎吉恭作成の控訴趣意書及び主任弁護人小川眞澄作成の控訴趣意補充書に、これらに対する答弁は検察官三井環作成の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

二  控訴趣意中、事実誤認の主張について

論旨は、被告人は、原判決が認定したすべての事実について、脱税の認識はなく、共犯者とされている鈴木彰らと脱税を共謀したこともないから、これらの存在を認めて被告人を有罪とした原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討すると、原判決認定の罪となるべき事実は、所論がその存在を争う脱税の認識及び共謀も含めて、すべて、原判決挙示の証拠、とりわけ、被告人及び各共犯者らの捜査段階における供述調書等によって優に認定することができるといわなければならない。

所論は、特に、被告人の検察官に対する供述調書の信用性を争い、被告人が検察官に対する供述において脱税の認識や共謀を認めたのは、身柄拘束中に、山崎前弁護人から「否認するとなかなか釈放も難しい。判決は執行猶予がつくのではないか」との話を聞かされ、また、取調べに当たった西原和文副検事からも判決では執行猶予がつくと言われ、これらの言を信じて、自白をすれば釈放も認められるし、判決も執行猶予ですむと考えたからであり、原審公判廷においても、保釈許可を得た上、早期に執行猶予の判決を受けようと考えた結果、事実を認めたものである、と主張し、被告人も、当審公判廷において、これと同旨の供述をする。しかし、西原副検事が当審公判廷において右のような判決見込みを述べたことを否定していることはもとより、本件のように悪質な脱税事件(当初の逮捕勾留事実だけを見ても、一億円を超す所得税の脱税事件である。)の被疑者の弁護人となった弁護士が、事件の全体像も明らかになっていない段階で、執行猶予になる見込みがあると示唆したり、自白さえすれば保釈許可が得られるとして、自白を勧めるような助言をするとはにわかに考えられないところであるし、仮にそのような示唆助言を受けたとしても、取調べを受ける事件が次々に増えて脱税高が巨額になっていく中で、被告人が、執行猶予になるとか自白さえすれば保釈許可が得られるなどということをそのまま信じ込んでいたとは考え難く、さらに、被告人は、捜査段階で選任していた廣田弁護人からは事実に反する自白をしてはならない旨の助言を受けていたともいうのであるから、被告人が当審で供述する虚偽自白の理由なるものはそれ自体不自然不合理であるといわなければならない。さらに、被告人は、原審公判廷において、大筋においては捜査段階の自白を維持するかのような姿勢をとりながらも、種々の点で自己の刑責を軽減しあるいは免れようとする弁解をしていたものであって、その供述態度は、当審において被告人が供述するような、保釈許可あるいは執行猶予判決を得るために真実に反する自白を維持していた、というようなものではないから、これに反する被告人の当審供述ははなはだ信用性が乏しいものというべきである。結局、自白の動機や経緯に関する被告人の当審供述は信用できないといわなければならない。しかして、被告人の捜査段階における自白は、共犯者らの自白とも符合し、しかも、これらは、その余の証拠関係とも整合性のある合理的なものであって、被告人及び共犯者らの捜査段階における供述の信用性は高く、これらによれば、原判決認定の罪となるべき事実は、脱税の認識及び共謀の存在も含めて、すべて、優に認定できるというべきである。

原判決に所論の事実誤認はなく、論旨は理由がない。

三  控訴趣意中、量刑不当の主張について

論旨は原判決の量刑不当を主張するので、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討すると、原判決がその「量刑の理由」の項において認定説示するところはすべて正当として肯認することができ、そこに示された事情を総合考慮して被告人を懲役二年一〇月及び罰金六〇〇〇万円に処した原判決の量刑もまた、相当として是認することができる。すなわち、本件は、被告人が、共犯者鈴木らと共謀して、当時被告人が所属していた自民党同志会の肩書を使えば、内容虚偽の申告であっても容易に受理され、事後的にも税務調査を受けることはないなどと称して、脱税工作を請け負い、種々の所得隠蔽工作をした上で、所得税確定申告手続四件、相続税申告手続一件、法人税確定申告手続二件に関与し、総額一六億円余もの巨額の脱税を行ったものであり、ほ脱率は、高いものは一〇〇パーセント(原判示第七の村田紙器事案)、低いもので七三パーセント(原判示第三の千里住宅センター事案)、全体では八八パーセント以上にも達する高率であって、納税秩序に著しく反するものであり、これだけでも既に被告人の刑事責任は重いというべきところ、被告人は、これらのほとんどの事案において、あらかじめ国税局に働きかけるなどした上で、共犯者鈴木と共に所轄税務署に赴いて申告書を担当官に提出し、また、原判示第一の東野事案においては鈴木に架空領収書の作成を提案し、原判示第七の村田紙器事案においては内容虚偽の和解調書の作成に協力するなど、積極的かつ重要な関与をしたものであり(なお、右架空領収書作成の提案及び和解調書の使用承諾に関して原判決が認定判示するところは、関係証拠に照らして正当と認められる。)、これらに関与したことで総額一億円以上もの報酬を得ており、被告人の刑事責任はまことに重大であるといわなければならない。そうすると、本件各事案の多くにあっては、脱税方法等は主として共犯者鈴木が決定しており、被告人の果たした役割は鈴木と比べればより低いものであって、報酬額も鈴木の方がはるかに多いこと、原判示第七の村田紙器事案においては、被告人は、内容虚偽の和解調書の作成には積極的な役割を果たしたものの、その後は脱税工作に関与しておらず、貸倒損失の計上はもっぱら共犯者らが発案して行ったものであること(なお、そうではあっても被告人は同事案の脱税額全額について刑事責任を負う旨の原判決の認定説示は正当である。)その他の情状を斟酌しても、被告人を懲役二年一〇月及び罰金六〇〇〇万円に処した原判決の量刑が不当に重いとは考えられない(なお、当審における事実取調べの結果によれば、当審段階に至って、被告人が自己の滞納所得税について一部を納付し、未納分についても早期の納付を確約している事実が認められるが、この点は、被告人に所得があった以上は当然の義務の履行であるにすぎない上、そもそも、本件は被告人自身の納税義務の違反を問題にしている案件ではないから、右事実は、原判決の刑を減ずべき事情となるものではない。)。論旨は理由がない。

四  よって、刑訴法三九六条、刑訴法一八一条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 角谷三千夫 裁判官 川合昌幸 裁判官鹿野伸二は国内特別研究参加のため署名押印できない。裁判長裁判官 角谷三千夫)

平成八年(う)第一〇一五号

控訴趣意書

被告人 岡澤宏

右の者に対する所得税法違反等控訴被告事件につき、その控訴趣意を次のとおり陳述致します。

平成九年二月二一日

右被告人弁護人

弁護士 山崎吉恭

大阪高等裁判所第三刑事部 御中

一、事実誤認

原判決は、被告人岡澤が鈴木及び他の被告人と共謀し、それぞれ脱税行為をなしたと認定している。

然しながら、その前提となる左記事実につき誤認があり、その事実の上に共謀が認定されているので、被告人岡澤と他の各件での関係人との共謀が安易に断定されてしまっている。

(1) 東野喜三郎等の件

<1> 被告人は、東野喜三郎、黄永彦、尾田洋治のいずれとも一回も会っていないし、その顔も知らない。

従って、東野がどのような脱税工作をしたのか、具体的指示等、被告人岡澤がしたことはないのである。

架空の譲渡原価及び譲渡費用を具体的に計上したのは岡澤ではない。原審では、被告人が鈴木と共に税務署に赴き、鈴木が本件各申告書を提出する際には、被告人がその内容を確認するなどしたと認定しているが、そのような確認をしたことはない。

被告人岡澤がしたのは、同年三月一五日の確定申告提出期限を徒過した東野の申告を税務署に受理してもらうのを支援しただけであって、申告内容など具体的事実には関与していないものである。

<2> また、原審は、「右提出後に税務署から申告内容等について問い合わせがあった際には、鈴木と共にこれに対応したものであり、さらに、右に加えて、東野の事案ににおいては、被告人は、鈴木から脱税工作の協力を求められた際、同人に対して、立退料等名下に約四億四〇〇〇万円の架空領収証を作成することなどを提案してこれらを作成させたものである。」などと認定しているが、原審で被告人岡澤が述べた如く、被告人岡澤は鈴木に対してそのような架空領収証の作成を提案したようなこともなければ、鈴木と共に税務署への対応もしたこともありません。

右認定は事実誤認というものである。

この点の鈴木彰の検察官調書[六二]は実に不当な記載であり、共犯者の自白であって、自己の責任を他者に転嫁しようとするものである。

(2) 北野正高等の件

<1> 被告人岡澤は北野正高、北野美代、岡田忠彦とは一回も会ったことはない。

架空借入金の計上や、現金、預貯金、有価証券等一億円余りを除外して相続税の申告をなさせたのは鈴木らであって、被告人岡澤ではない。

被告人岡澤は税務署に行くのに付いて行っただけである。

<2> 北野の件に関し、関係者一同は、岡澤は頼りがないから国会議員の先生を入れようという話があり、事実上岡澤は外されているのである。

(3) 千里住宅センターの件

<1> 被告人岡澤は野崎實とは会っていない。

本件は鈴木が工作し、高額で千里住宅センターに対して売却し、これを低額で他に売却したかのように仮装したり、一億円の架空開発投資損失を計上したりしたのは全て鈴木らであって、被告人ではない。

<2> 千里住宅センターより被告人岡澤が一〇〇〇万円を取得したと認定しているが、被告人岡澤は貰っていない。

被告人岡澤の検察官調書では、「なお、野崎さんの脱税に対する報酬についてですが、確か、鈴木さんから平成五年三月の野崎さん個人の申告をした後くらいであったと思いますが、現金で三〇〇万円くらいを貰いました。また、その後にも現金で三〇〇万円くらい貰っております。このほか、前にもお話ししましたように鈴木さんから一回につき二〇〇~三〇〇万円の借金をしておりましたので、それを報酬と相殺してもらったりして、合計で一千万円くらいの脱税報酬を貰っているのではないかと思います。」(被告人岡澤の平成七年二月二八日付検面調書)となっている。

この調書でも、三〇〇万円くらいとか二〇〇万円くらいとかを借りたなどとその額は曖昧であり、その総額もいい加減なものである。

<3> 更に、被告人岡澤は、平成六年一一月四日、金三〇〇〇万円を鈴木に返している。

<4> 以上のことを考えれば、千里住宅センターから一〇〇〇万円を貰ったということは有り得ないのである。

<5> 尚、この件には税理士平井龍介が関与し、同人が専門的知識を駆使して申告書を作成したものであり、被告人岡澤は同税理士とは会っていない。

(4) 藤井好子等の件

<1> 被告人岡澤は、藤井好子、酒井君子、藤井輝夫の誰とも会っていない。

架空の不動産譲渡費用を計上したり、長期譲渡所得金額を過少にしたり、架空の短期土地譲渡損失を計上などしたのは全て鈴木らであって、被告人岡澤は関与していない。

<2> 被告人岡澤は豊能税務署内の総務課長を知っていたので、鈴木に豊能税務署なら申告書を出しやすい旨言い、鈴木と一緒に確定申告書を提出しているのみである。

脱税の具体的な方法は何ら知らなかったのである。

<3> この件には専門の税理士平井龍介がついており、申告書その他の税務書類の作成に関しては岡澤が関与する余地はなかったのである。岡澤は同平井龍介とは会っていない。

(5) 村田紙器の件

<1> この件は、鈴木によって被告人岡澤は排斥された後で、鈴木、村田、竹内らによってなされたもので、彼等と共同して実行したものでは決してない。

この点、原審は、鈴木と二人三脚で全責任を被告人岡澤に負わせているが、不当である。

<2> まず、和解調書の使用の点であるが、それは、被告人が途中で関与を取り止めた後に決定されたことであり、原審の事実認定は事実誤認である。

<3> 原審では、被告人が報酬を受取りながらそれを返還しなかったから全て故意があり、本件脱税額全額について責任を負わなければならないと認定するが、脱税の故意と報酬額の返還とは別次元のことであって何ら関係もないものである。

<4> 尚、この件には税理士平井龍介が関与し、同人が専門的知識を駆使して申告書を作成したものであり、被告人岡澤は同税理士とは会っていない。

二、量刑不当について

被告人岡澤は、各件において補助的役割しか果たしておらず、受けた報酬も鈴木に比べ遙かに少なく、事後強く反省し、左記のような納税手続きをしており、原審の懲役二年一〇月、罰金六〇〇〇万円は苛酷に過ぎます。

(1) 被告人岡澤の修正申告

<1> 被告人岡澤は、平成七年三月三一日、平成四年度分の所得税の修正申告を偽し、本件の平成七年二月二一日起訴分(東野喜三郎の件)で報酬として取得した金一〇〇〇万円を追加取得として申告し(弁第一三四号証の一、二参照)、その税額は全て納付しております(弁第一三七号証参照)。

<2> 被告人岡澤は、平成七年五月三一日、平成五年分の所得税の修正申告を為し、本件の平成七年五月三一日起訴分(北野正高の件)で報酬として取得した金七〇〇万円を追加所得として申告し(弁第一三五号証の一、二参照)、その税額は全て納付しております(弁第一三九号証参照)。

<3> 被告人岡澤は、平成七年三月三一日、平成六年分の所得税の確定申告を為し、本件の平成七年五月二日起訴分(藤井好子の件)で、報酬として取得した金五〇〇〇万円を所得として申告し(弁第一三六号証の一、二参照)、その税額は全て納付しております(弁第一四〇号証参照)。

<4> 被告人岡澤は、平成七年三月三一日、平成六年分の所得税の確定申告を為し、本件の平成七年三月二七日起訴分(村田紙器の件)で、報酬として取得した金三〇〇〇万円を所得として申告し(弁第一三六号証の一、二参照)、その税額は全て納付しております。(弁第一四〇号証参照)。

<5> 被告人岡澤は、平成八年二月二九日、平成五年度分の所得税の修正申告を為し、本件の平成七年三月三日起訴分(千里住宅センター事業協同組合の件)で報酬として取得した金一〇〇〇万円を追加所得として申告(弁第一四九号証の一、二参照)しています。

この一〇〇〇万円の所得は必ずしも明確なものではなく、それより少ないかも知れませんが、被告人岡澤は一〇〇〇万円を申告致しております。

その修正申告額は未だ完済は致しておりませんが、左記被告人岡澤所有の土地建物があり、その支払は確実であります。

(担保となる被告人岡澤所有土地建物)

大阪市旭区中宮四丁目九八番二

宅地 一六三m2九六

大阪市旭区中宮四丁目九八番地二

家屋番号 九八番二号

居宅 木造瓦葺二階建

一階 七七m2四〇

二階 四八m2〇〇

<6> 被告人岡澤は、本件の他にも、報酬として得たものは全て平成四年度の追加所得として申告し、総額一〇、一七五、〇〇〇円を現実に納付しているものであります。

<7> 以上の追加納税額や申告納税額は、被告人岡澤の所有した左記土地を処分して為されたものであり、現実に被告人岡澤もその償いを為しているものであります。

(被告人岡澤が処分した土地)

大阪市旭区中宮四丁目九八番一

宅地 一六三m2九六

<8> 被告人岡澤は修正申告をし、現実に納めた税金だけでも三三〇〇万円を納付したております。

(2) 被告人の反省

<1> 被告人岡澤は本件刑事手続きを受け、これ迄の生き方を根本的に反省し、今後このようなことにならぬよう、新たな気持ちで、調査業を主体とした帝国管理の仕事をしていくことに致しました。

<2> まず、同志会関係からの撤退は次のとおりです。

自民党同志会(東京)については同会より除名されております(証人芝田智司の証言参照)。

大阪同志会につきましても、これ迄その処分は留保されていましたが、被告人岡澤は平成八年五月二三日付で退会届出を為し、同会に受理されております(弁第一五〇号証参照)。

以上の如く、両同志会から被告人岡澤は完全に撤退したのであります。

<3> 今後の職業につきましては、株式会社ニッタンの木戸口社長の監督と後援のもとに、調査業を本格的になし、生計を立て、他人の世話にならぬよう自立して行きます(証人木戸口正の証言参照)。

三、結び

以上の点を考慮すれば、各件に於ける共謀や故意の点で事実誤認があり、量刑も不当であることは明白であります。

以上

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